2020.10.24

パッと明るいニュースは栄養

「ナインティナイン岡村さん結婚」の話題がにぎやか。久しぶりのパッと明るいニュースに思えてほっこりした。

ANNはラジコで細切れに聴いている。今回、リスナー代表のAikoさんが半年ぶりぐらいに出演されていた。前回はまだ「岡村隆史のANN」だった。

Aikoさんは「岡村さん結婚」のことは放送直前に知らされたらしく、岡村さんへの質問が止まらない。それら一つ一つに、真面目に事実をポツポツと答えていたのが逆に笑えた。全く面白い返しはないのに何故か笑える。ああ、これが岡村さんなんだなあと。

岡村さんにとってもナインティナインにとっても、2020年ってものすごい変化の年になったのだろうな。

いちリスナーだが同年代のおっさんたちが、いろんな事情に押されたり引っ張られたりしながら、変化になんとか対応しながら前に進んでいっているということも知れて、ちょっと元気出た。

 

2020.10.21

Fitbit versa 2 を2週間使った感想

2週間前に Fitbit versa 2 を買った。ラインナップ的には2番手なのかな。お値段的にはハイエンドの半分ぐらい。

9月に、ほぼ同機能の中華の安いスマートウォッチを買って、割と便利との感想を得た。スマホの通知が腕に届くのと、時間を確認するのにいちいちスマホを取り出す必要がないという点が気に入った。ただし、歩数と移動距離の精度が悪くGoogle Fit や STRAVA と連携した時にワケがわからなくなってしまう。GPSの経路はちゃんとしているのだが。さらに時計の見た目がおもちゃみたいで、なんだかちょっと恥ずかしい。

「ちゃんとしたのをが欲しいぞ」と、かつてから考えていたFitbitを買うことにした。Fitbitは縦に長いおしゃれさんってイメージを持っていたが、versa2は正方形。

GPSは、連携したスマホからデータを貰う。歩数も心拍数も睡眠時間のトラッキングもちゃんとしてる。ランニングの自動認識とかも便利。

あとAlexaが付いている?らしいが、まだ使ってはいない(どう使えばよいかわかっていないw)

ずっと装着していると心拍センサーの密着部分が少し赤くかぶれ気味になることがたまにある。就寝前と起床後の数時間、外しているとなんとかひどくならずに済んでいる。

電池は1日あたりで9~10%減る。使い方にもよるだろうけど自分の場合、朝の時点で100%だと夜には92%程度まで減ってる程度。一週間は問題なく使えそう。時計を常時点灯にするともっと減るはず。

悲しかったのは、1000円ぐらい値下がりしてたこと。まあ良いのだけど。

 

 

2020.10.20

野次馬根性

日曜の夜、近くの交差点で事故があったらしい。60歳ぐらいのご夫婦が自動車にはねられた。
交差点の名前は報道されていなかったが、地名からたどれば、候補は2箇所で、どちらも普段から歩いている場所。

どちらの交差点だろう。信号のある交差点だが、なんで事故に遭ったのだろう。
そういえばその時間帯に救急車のサイレンの音が聞こえていたように思うが、明確な記憶はない。
事故の場所から考えると、被害者は今まで何度もすれ違っている人かもしれない。

など、とりとめもなく考えていたが、はたと気がつく。

これになんの意味があるのだろう?と。

身近なところの事故だけど「交差点では気をつけなくては」と思う程度で、事は済む。
被害者にとっては痛ましい事故ではあろうが、今の所は見ず知らずの人。
なんだか自分の中の野次馬根性に気がついたようで、少し自己嫌悪に陥った。少しだけだが。

2020.10.18

ヒトは「ねこポニー」でできている(千原ジュニア)

Haloween_cat

チハラトーク シーズン3 エピソード22 で、千原ジュニアさんが、「人というのは、トラウマにならない程度の『ねこポニー』がたくさん心に引っかかってできている。」と話しているのを聞いて感銘を受けた。

トラウマは心に強く突き刺さって強烈なダメージを与えるけれど、そこまで強いものでなく、少し辛いとか納得できないといった、様々な経験や感情が積み重なって、人間を形成しているのだというジュニアさんの説。「虎」と「馬」ほど強くない。もっと小さな「猫」と「ポニー」で『ねこポニー』。

かっこいいスポーツカーに乗っていたお父様が自慢だったが、突然無難な白いファミリーカーに乗り換えようとしたことで、幻滅。せめてサンルーフ付きのモデルにしてほしいとお願いしたが、そんなの一回使えば飽きるだろうと相手にされず。この経験から千原ジュニアさんは、旧車にこだわって乗り続けているそうな。

トラウマに対して「ねこポニー」― この言葉自体も面白いが、その意味が人間の本質を見抜いているように思って感心した。

「様々な経験で人間はできている」と聞けば、しっかり理解しているつもりになるけど、その前提で人を理解して、いつでも客観的に人に相対しているかというとそうでもなくて、ほとんどの場合は主観的な判断と言動になっているなあと。

2020.10.09

池袋暴走事故の初公判「けしからん」では何も変わらん

Saiban_zabutonkeshikaran

ニュースアプリのトップに出てきて辟易している。

亡くなられた母子と残されたご家族の心境を思いを寄せれば慰めの言葉も出てこないような不幸な事故であり、誰もがつらい思いをしているだろうなと思っている。
しかし、世間が「被告の態度がけしからん」と騒ぎ続けたとして、何か変わるのだろうか?という疑問。

この件に限らず、裁判での被告の態度や主張に対して感情的に反応する風潮に、気持ち悪さを感じる。
芸能人や著名人ならば、それが芸のひとつであり、商売道具であり、庶民の声を代弁しているといった側面もあるのかもしれない。しかしその庶民の声ってそんなにデカイか?と思う。それは本人にとって重要事項か?とも。

そもそも被告は、自身の認知を主張しただけで、それ以外の主張をする理由がない。
嘘をついているかもしれないが本人以外はそれを判断できないので、そう解釈するほか無い。
この前提を崩すと裁判は成り立たないはず。

当然、自分も「踏み間違えたんでしょ?」と思っている。裁判では、車のメーカーや警察などから、冷静にデータが開示されて、裁判官の判断で被告の主張が否定されることになるのだろう。

「けしからん」という理由で社会的な制裁を加えてしまえるならば、裁判はいらないなあって。それはリンチだなあと。

近所で井戸端会議して、口コミで意見が徐々に広がっていく社会はもうこの世になくて、一瞬で拡散するわけで。
そんな感情的、扇動的な情報を出す側は、商売なのだろうからやめないだろうが、受け手が取捨選択することで、少しは変わるかな?とか甘い期待を持っている。しかし、無料で手に入るニュースって取捨選択がしにくくて民主化されていないなあと思う。逆に有料のニュースは自分の嗜好に偏るだろうし悩ましい。

2020.10.06

天気が回復する頃やって来る

Sick_memai

朝、最寄り駅に着いた時点で突然めまい。回転性のひどいのではないが、まっすぐ歩けない。ドロドロとたどり着いた駅のベンチでしばらく休んでフラフラ帰宅。夕方まで中途半端に横になっていた。

今年は症状が頻発している。普段から平衡感覚が弱くなっているのも自覚。慢性的な睡眠不足も影響していそう。半年ぐらい深夜にメシを食う日々が続いていて、これも改善すべきなのかも。必ず4時間で目が覚めてしまう謎の不眠症状も、互いに影響しているのかも。

いろんなものが買い替え時を迎えている。ジーパンは破れ、靴下には穴、ビジネスシューズは雨が降ると滑りまくり、レーパンは極限まで薄くなってるし、通勤カバンや自転車ジャージのチャックのつまみが外れたり。新しいものを手に入れるときはココロが躍るが、あれもこれもダメみたいな状況ではちょっとモヤモヤ。

とりあえず今は三半規管を取り替えたい。

 

2020.09.27

「人は突発死を選ぶ」と気づいた夏を生き延びたのに

Omoi_man_sekinin

竹内結子さん

朝9時に散髪にいくと店主から、「竹内結子さんがなくなったらしいよ。自殺らしい・・・」と聞いた。店主も他のお客さんから聞いただけで、その時点では仕事中だしホントかどうか分からなかったのだが、散髪終わって検索すれば事実と判明。

明るく元気なイメージがあった方なので驚いた。産後うつでは?と言われているみたいだけどよくわからない。ただ、テレビなどの情報からは、予測し得ない「突然の死」という認識は共通しているようだ。

芸能界のことはよくわからないが、このところ多いと思っている。自殺の原因は様々だろうが、自分はこの夏、自殺に関して気づいたことがある。「ヒトは突然思いついたように自死を選んでしまう可能性がある」と実感したので。

我が身のこと

先が見えない状況で数週間休みなく働き、睡眠不足と徐々に溜まったストレスをギリギリ抱えているが、なにか予定外のことがあると、限界を超えてしまうかも?という予感に更に追い詰められる。

深夜一人のオフィスにて

そんな状況の中、深夜、誰もいなくなったオフィスの窓から、遥か下を覗き込んだらゾッとした。「ここから落ちたら死ぬだろうな」と思った直後、更に恐ろしくなった。単にその高さに対する恐怖感ではなく、その時の自分の置かれている立場と重ね合わせて、「今ここから飛び降りたなら、あるいはそれは楽なのかも?」と思ってしまった。それで許されるかどうかなんてのは考えの中になく、「その状況から逃れられるな」という気持ちが脳内に充満した。その後、我にかえり「悩みを抱えて追い詰められている(と感じている)と、この状況で、突然飛び降りてしまう人がいるはずだ」という確信を得た。

システムによる対応が必要

ストレスフルな状況では、思考の幅が狭まって、認知も歪む。そのため判断基準がおかしくなっている。だから、自覚しているかどうかに関わらず、精神的な状況も含めて、近しい人には自動的にシェアしておけるようなシステム、仕組みが、会社や家庭や地域社会など、適度な粒度に必要だと思う。

具体的な対策

シェア

ストレスを感じている状況では、やはり誰かに伝えるべきだと思う。自分も家で仕事の話は全くしないのだが、せめて「今大変」とか「楽しくやってる」とかのレベルでも共有できるようにしておきたい。冷静に考えれば、自分が突然死を選んだなら、大きな迷惑をかけることは明らかなのだから。

お酒

山口元メンバーのこともあるが、お酒が入ると判断基準がいきなりおかしくなるのは確か(だから飲みすぎたりする)。突然の死を選ぶ人の何割かは酒による影響もあるのではないか。なので、なるべくならお酒は飲まない、あるいは楽しいお酒だけ飲むようにせねばと。

そして、他人に対する言動に気をつける。棘のある言葉や表現を慎む。感情をあらわにしてはいけない。シニカルな物言いは慎むべき。それによって、相手がどのような精神状態に陥るのか予想できないからだ。非常に危険。

 

2020.09.26

腰で歩いた一週間

Ninja_shinobiashi

人間50年。いまさら歩き方を変えるというバカみたいな話なんだけど・・・

数週間前、通勤時に気がついた。

「歩いている時、腰、使っていないなー」と。

骨盤が動いていない

骨盤にくっついている大腿骨は動いているけど、骨盤自体が動いていない。背骨というか腰骨っていうのかもしれないけど、それを軸にして、骨盤は右に左に回転しながら動くべきではないのか?と。足を前に振り出すときや、地面を蹴って前に進んでる瞬間ですね。

負荷分散

歩いているとハムストリングスやふくらはぎがちょっとつらいなって時があるのだが、それって歩くことによって負担がかかっているってことで、腰で歩いていないからではないのだろうか?と思った。大腿骨からサキッチョだけで推進力を得るよりも、骨盤をくるくる動かして推進力に寄与するほうが、足にかかる負担が少ないはずよね。

やってみた

ということで1週間、歩き方を変えてみた。足を前に振り出す時に、腰から前に出すように。足の裏で地面を後ろに押している時、腰もそこに加担する。

主観的だが楽である

その結果、、、まあ正直に言えばなにか変わった実感ってのは無いけれど、「腰で歩いているときって、なんか楽だな」という感覚は得た。今まで使ってこなかった部分の筋肉が動いているというような。あ、こういう感じ?てな心地よさ。

脂肪燃焼

消費カロリーには影響が出ているんではないかと思うけど、計測手段がないのでわからん。

ま、とにかく、色んな所に意味があってついている筋肉をうまく動かすというのは、正しいだろうと思うので、今後も歩くときは腰を使う。

自然はどっち?

腰で歩くっつったって、決してモンロー・ウォークのようなプリップリのキレッキレな感じではなく、おそらく他人から見てもおかしな光景ではないだろうと思ってるけど、どうだろうか?

むしろ自然な歩き方に見えるんじゃないだろうか?と思っている。知らんけど。

2020.09.20

自分で書いたコードが大好き

Job_programmer

自分で書いたコードを読んで、考えている時間が好き。

うまく書けているところは「ここ、いいなあ」と思うが、そこまで。良くない部分の改善点を考えるのが好きなのだ。書き方レベルの細かいことであったり、少し大きな単位の構造とかレイヤーの分割単位であったり。細部にこだわって、整然と美しく仕上げたいという欲求があると思う。

仕事では、動作が同じならば、中身が少々美しくなくてもかまわない。余裕があるなら細部にこだわるのも良いけれど、自転車操業的零細受託開発業務においては余裕がないのが普通であって、余裕があるのはむしろ問題。適正な利益を生んでいるなら問題視はされないはずなんだけど、なかなかそうは行かないようで。

システムエンジニアになれという圧力あるいはストレス

こういう「細部にこだわりたい」という嗜好を持っている自分のような人は、いわゆるSE、システムエンジニアには向いていないのだろうと思う。

30年前「プログラマーではなくSEになれ」とかよく言われた。その時に感じた違和感というか、自分の内心との不一致感はコレだったのだろう。割と長い間、罪悪感に似たものも感じていたが、最近は消えてしまったようだ。

混ぜるな危険

ところで現在、ある時期には花形としてもてはやされていた職業として、SEは存在しているのだろうか。求職者が口を揃えて「SEになりたい」と「C言語を覚えたい」と別カテゴリを安易にかき混ぜて面接で言い放っていたのは昔話か。

ソフトウェアエンジニアで

他業種の方から「SE」と呼ばれることはあるが、同じ業界の内部ではほとんど聞かない。今や「SE」って、あまり内情を知らない人が雰囲気で発する言葉になっているのかな。

自分では最近はソフトウェアエンジニアと言っている。まあ略せばSEなんだが。

2020.09.19

自転車事故から一年経って色々変わってしまったことなど書いておく

昨年9月16日に自転車(ロードバイク)走行中に事故に遭いまして、一年経過。既に大きな問題なく生活できているのだけど、身体的、精神的に変化してしまったこともあって、節目でなんか書いておこうと思いまして。

事故の状況

左折する軽自動車の左側面に後方から接触し、歩道へ投げ出されて数メートル飛行。左前頭部から路面に着陸。ヘルメットをかぶっていなければ死んでいた。

Dsc_5749
ヘルメットの右前方にクラック。地面に衝突した左前方は厚みが三分の一ぐらいに圧縮されてた

あとからGPSログを確認したが、時速39キロ辺りからパニックブレーキ。急制動で時速33キロまで落ちた時点で衝突していたみたい。

事故の原因

原因は軽自動車の巻き込み確認が不十分であったのと、自分の前方不注意が重なってしまった。あくまでも両者が注意義務を怠ったのが直接の原因。

偶然重なったかというとそうでもなさそうで、両者ともに直前に、車道の左端に小さな黒い三角錐の物体を目にして気を取られていた。白い数字が書いてあり10数個並べられていた。「なんだ?これ?」と思ったのを覚えている。で、その数秒後、右斜め前方にいたはずの軽自動車が何故か突然目の前に迫ってきて接触。

三角錐の物体は警察が現場検証用においていたものだったらしい。

とはいえ事故の原因は不注意なんだけど。

怪我の内容

左上唇の裂傷で3針縫って、首の捻挫(むち打ち)と、肩の打撲や全身各所の擦過傷。

Dsc_5759
ご自慢のDura-Aceのクイックレバーがキズだらけ。でも自転車自体はほぼ無傷で走行可能(今でも乗ってる)。エンドもホイールも曲がっていなくて奇跡に近い(大げさ)。

見た目に派手でひどかったのは唇の裂傷。でも、苦しかったのはやっぱりむち打ち。裂傷や擦過傷は5日ほどでほぼ回復。打撲もいつしか完全修復したのだが、むち打ちだけは1年たっても影響が残ってる。事故から半年ぐらいは通院してリハビリを受けており、肩こりのような症状はかすかに残っていたが、大きな問題はなくなった。しかし、その後はストレッチを続けていないと、首や肩の筋肉がこわばるようになった。

痛みや違和感に悩むというのではなく、生活習慣の中に肩と首のストレッチが割り込んできた感じで、「なんだか毎日やることが増えて、めんどくさい体になったなあ」という感じ。

もともと体が硬かったので、このめんどくさいストレッチ効果で、事故以前より可動範囲が大きくなったようだけど、全体的に楽になったという実感はない。

精神的なやつ

カラダ的な影響はこのようなものだが、なにより一番影響を受けたのは、死生観かと思う。今やピンピンしているが何かが違っていれば死んでいたのだという実感がある。これはモーレツに精神を破壊する力がある。本能的なものだろう。

事故直後から意識はあったらしい。少し混乱していたらしいが、まともに受け答えをしていたとのこと。しかしコチトラ、衝突の直前から救急車に乗り込むまでの15分ぐらいの記憶がない。さらに、その後30分程度は事の重大さを理解できていないような混乱状態。歩道に頭から落ちたのだが、全くそういうシーンの記憶がない。だからあの時に死んでいたとしても、自分としては何も思うことがなかっただろうし、どうすることもできなかっただろう。たまたま死んでいたかもしれないが、たまたま死ななかっただけなのだ。今、生きてるのも全くたまたま。命があって、ありがたいとか、ありがたくないとかそういう話ではなくて、ほんのちょっとした偶然で、人は死んだり、死ななかったりするんだろうと。

「たまたま生きている」なんて事故までに実感したことはなかった。しかし、これは真理だと思う。でも、その感覚の扱いに、今でも困惑してもいる。じゃあどうすればよいの?とか、これに気づいたことは良いことなのか悪いことなのかよーわからん・・・と。そんな感じ。

自転車の危険運転について

前方不注意のロード乗りが何をいうかと叱られるかもしれないけど・・・

新型コロナの影響もあって街に自転車が増えた。全部が全部じゃないけど、危険運転も同時に増えてると感じている。ピチパンのいわゆるローディではなくて、ノーヘル、フラペのおしゃれさんの街乗りロードやクロスバイク。ガチのロードとまでは行かなくても、ママチャリに比べれば、かなり軽量で高速走行可能なやつ。それが歩道を高速巡航とか、ノーヘルで車道を一生懸命とか。幹線道路ではそうでもないが片側1車線の車道では、逆走もたまに見かける。危険な運転をしている自覚はないのだろうが、その無自覚こそ恐ろしいなと思います。

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