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2006年10月の1件の記事

2006.10.13

日本沈没 第二部

「日本沈没 第二部」。昨日読みきった。読後感として第二部は非常に陰鬱な雰囲気が感じられました。エキサイティングさ加減では、やはり第一部かと。。。

第一部を読んだのは10代だった。さらに前(小学生のころ)には映画を見ている(当然テレビで放映されたものですが。。。)第一部は、プレートテクトニクスやその他いっぱいの(小松左京さん独特の)自然科学系の説得力に魅せられていたので、「日本が沈む!」ということに「わくわく感」を持っていたんだろうな。「人の死」や、「自分もいずれは。。。」なんて事は現実感をもって考えられなかったはずだから。。。

今回、第二部を読む前に第一部を読み直してみた。やはり礼儀としてね。第一部の再体験は、最初に読んだ(見た)時より後に経験した、祖父、祖母の死、阪神淡路大震災の中心地での経験、結婚と妻の出産(3人も!)、子供たちの成長、また、あいまいなんだけど、20年ほど年を取っている間の様々な経験なども影響したのでしょう、単なる「日本が沈むというエキサイティングな作り話(S.F)」よりも、少しは現実感をもって読めたような気がする。しかし全体的にはエンターテインメント色を強く感じて読み終えました。

しかし、第二部は、当然ながら、現実世界での世界情勢や日本の状況なども頭に入っている状態ではありますが、第一部とは違い、少し鬱な感じで読み終えた。

読み物ですからエンターテインメントを期待する気持ちは少なからずある。映画や小説、アニメ、漫画、はたまた人との会話を楽しむってーのは、自分にとって、現実からの逃避という意味がある(自分にとってはね)。現実に立ち向かうのは、仕事や家庭のことで、ドーンと来ているからね。

でも、第二部にはその期待するエンターテインメント的なものがものがなかったような気がする。さらに、実際第二部を読み終えた後には「えっ?それで終わり?結局どうなったの」って正直思った。(本当に最終頁はいきなり飛躍したって感じを受けました。それはないでしょ?これからどうなるのよって。。。)

結局、「そう、現実の世界ってこんな風にあぁ終わったぞって思えるものが無いんだよねー。ずぅーっと続くんだよ。常に努力して、運がよければよくなっていくんだよ。」という感覚を再認識してしまった感じ。「少しは大人になったからそんなことは知っているよ」って感じだな。「本を読んでいるわずかな時間くらいは現実から逃避させてよっ」っていうことでもある。

このテーマでは、「時空がねじれてっ」とか「そのころパラレルワールドでは?」ということが出せないから余計に現実的過ぎてつらかったな。

小松左京さんが本当に日本沈没で書きたかったのは、第二部なんだってことを最近知ったわけなんで仕方が無いかもしれない。今となっては、第一部を体験した当時には、完全に誤解していたんだな。

そうなると、「果てしなき流れの果て」にとか「こちらニッポン」とかも、私は誤解しているのかもしれない。また、読み直してみたくなった。日本以外全部沈没もね。

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