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2007年8月の16件の記事

2007.08.31

おほっ!つながった。USBの無線LAN子機。

無線LANのアダプタ(子機)をPCカードからUSBのやつに変えた。

そもそも自分のPCにはUSB2.0対応のUSBポートが無いので、無線LANルータ購入時に子機がPCカードのものを購入した。しかしその後ひょんなことから、PCカードでのUSB2.0のアダプタがある事を知り(恥ずかしいけど知らんかった)それも購入。だって、USB機器をつなげるとたいてい「2.0のポートにつなげばもっと高速だっぺー。。。」とPCが言ってくるのだ。無いからここにつないでるの!と何度言っても理解してくれない俺のPC。私は、このうっとうしいのをずぅーっと我慢してたわけです。で、その存在を知って、喜び勇んで購入すると、、、どうだろう、、、、俺のNote、PCカードのスロットは2つあるにもかかわらず、無線LANの子機とUSB2.0のどちらのPCカードも外に突き出た部分に高さがあって、2枚同時に差し込めない状態。。。。orz。。。あぁ、おれはもうダミダー。

愕然としながらも、仕方が無いので、「まぁ、USB2.0は使わんでもえぇ」と購入の事実と存在を無視しながら無線LANの子機を使っていたのだが、、、、あるとき、、、、あ、USBの無線LANの子機を買えばええのや。と気付いた。。。。。ってあまりにあほだと思うが、それが事実。おれは、楽天的過ぎてあまりに単純なことに気付かないことがあるの。

とそんなこんなで、USBの無線LAN子機を購入。お金は無駄になったけどまー、ちょっと賢くなった(と思いたい)からいいよ。と何とか納得しながら快適な通信環境を使用しているわけであーる。

しかし、会社環境で無線LANに接続するとき、以前のPCカードのでは、WZC(Wireless Zero Configuration)サービスを一旦開始すれば接続できて、その後停止しておいても大丈夫だった(「無線LAN接続のその後の悩みと研究開発魂ぃ」参照)のだが、新しいUSB版の子機では、停止するとすぐに切断される。同じメーカーなのになんでかなー。ま、自宅では全く問題ないし、実害は無いけどねー。

さ、このPCカードの子機、どうしようか。

2007.08.30

ネット社会が諸悪の根源ではなく、諸悪の根源に類するものがネット社会を生んだという認識と現実

最近、あまりに不幸で恐ろしい事件が増えたためだろうか、ニュースを見ていて、耐えられなくなり、いきなりテレビを消すことが多くなった。「もうこれ以上悲惨な状況を知りたくは無い。ごめんだ」という「逃げ」ではあると思う。淡々と伝えるアナウンサーの無機質な表情と声によって、不気味さが増幅されて、気が触れそうになる。

また、ニュースを見た後に「どうしてこんな世の中になってしまったのだろうか。」と落ち込んでしまうこともある。いささか狭小な感覚かもしれないが「うちの家族も、犯罪の被害者になる可能性がある。どうやって姿の見えない不気味な犯罪者から家族を守ればよいのか」という不安感にさいなまれている状態だ。昔なら考えすぎと一笑に付されたはずだが、今ではそう思えなくなっている。

巷を騒がせている事件。裏求人サイトとやらで知り合った3人(もしくは4人)で女性を拉致、殺害。母一人子一人という被害者の家庭環境はこの事件の背景に直接の関与はないとしても、母親の手記に書かれた「絶対に、絶対に、許せない。」という文面には感情を動かされた。怒りとやるせなさを同時に感じた人は多いのではないかな。

テレビなどでは、断定的に「これこれが良くない」という論調になる。こういった背景を持つ事件ではたいていネットの匿名性にフォーカスが当たる。確かに犯人達はこの匿名性を利用して犯罪を犯しているわけだから「ネットの匿名性が影響した」のは間違いではないと思う。しかし、多くのネット住人達は善良であるわけです。どんな道具でも、取り扱いに注意は必要。その存在自体が既に危険であるというものは少ないと思う。刃物が危ないのは確かだが、刃物の無い世の中は不便だ。「そこにある」だけで危険なのではなく、その使用方法に注意が必要ということ。

同時期に警察官の拳銃による無理心中事件があったが、それでも他の善良なる警察官(いやみっぽいかな?)には拳銃を所持しておいてもらわなくてはならないのも事実。仮に警察官が拳銃を持っていなくって、被害が拡大したといった事案があったとすると、やはり「警察は何やってんだ?」となるだろう。

この拉致・殺害事件が、ネットの匿名性が要因として発生したものでないことは明白だ。また、それを扱う人間に問題があった、という結論も少し浅いと思う。犯罪者本人が悪いのは当たり前。私は、「欲を満たすための行動を自分で抑制できない犬畜生のような人間が育てられてしまう社会にも問題があると考える。「社会が悪い」とあきらめているわけではない。あまりに対象が大きすぎて、問題を直視していないかのように思えるが、これが事実であるという強い認識を持つべきだとおもう。これを見据えて対策を打っていかなくてはならないのではないかと思う。

いまも昔もこれからも、ネットの匿名性を悪として叩くことは可能だが、それでは本質的な解決には絶対に至らない。当然ながら「社会が悪いからしかたねぇ」なんていう斜に構えた態度も悪を助長する。これらは、すぐに暗黙の免罪符となり、もっと深い部分に埋まっている悪い部分を覆い隠すことになる。

先日のテレビでのワイドショー的な報道番組では「結局、、、もう、、、こういうのを防ぐには、、、どうしたらよいのでしょうかねぇ???」というコメントがあった。もうそろそろ単純な勧善懲悪で視聴者が「うんうん」と簡単に納得できるようなものでは解決されないことに社会全体が、気付かされてきたのかもしれない。

「じゃぁ、どうやって直すんだ?」となるのだが、自分だけでできるものではないと思うし、正しい答えを出せるという確信も無いのだが、大まかに言えば、先人の知恵をちゃんと利用しなくちゃならないのではないかと思っている。

論理的になるほどと思えばそこで自然と思考が止まるが、物事はそんなに単純なものでは解決できない事を私たちはよく知っているではないか。古くは米ソの冷戦、最近は改善しているが南北朝鮮の分断と対立、中国残留孤児の帰国・保障問題、北朝鮮による核、また、周辺諸国の拉致問題、イラク・アフガン等中東の国々は、俺が子供のときからずぅーっと戦争している。というかそれ以前からだ。もし、単純明快に識者が出した答えで問題が解決するのであれば、こんなに長い間未解決のままになるはずが無い。

現実に起こる問題には思った以上に複雑で、絡みあっている。ところが私達は常に単純明快で理論的な解を求め続ける。1+1=2のような。こういったロジカルな面があってこそ、人間が人間として存在できている根本の能力なのかもしれない。

しかし、もっと深いところでの行動理念というものはサルに近いときから長きに渡って培われたもので、こういったものは経験則でしかない。経験則には理屈・理論は無いに等しいのだが、人間はむしろこういった経験則の方が受け入れやすくできているはず。すこし、居酒屋のトイレに掲げられているような親父の言葉かもしれないが、「挨拶はしろ」、「近所付き合いは着かず離れず」、「年上は敬え」、「弱者は支えてやれ」、「困った人がいたら助けろ」、「命は大切にしろ」といった、古くから言われている正しい行いを問答無用で実践すべきではないだろうか。迷信めいたものをそこから排除したとして、これは昔に戻ることになるだろうか。不便になるだろうか。いっそ豊かな生活が送れる礎になるのではないだろうか。

これが解決策だなんて自分でも思えないのは確かだけど、少なくとも基本に立ち戻らなくてはなんともならないのではないかな?悪い事をしてはいけませんということを理解していない大人がいるんだから。

極論のつもりは無いのだが、昔の生活に戻せるところは戻した方が良いのではないかとも思う。

今のわれわれは、他人との関わりを「他人は他人、自分は自分」ということでシャットアウトしている。私達は普段から顔をあわせて挨拶すらする相手にさえ、「ここからはプライベートでここからはパブリック」と明確な線を引いているようにおもう。見えているのに見えない振りをしているところが少なからずある。本来プライバシーにもグレーゾーンはあるはずで、人の心は徐々に周辺の人と交じり合うものであって良いと思う。

今のように明確に All Or Nothingという具合に線を引いてしまうと見えない壁ができてしまう。その壁を越えて中を覗いてはいけない事になる。漏れ聞こえたってアウトになる(そんなCMが有りますね)。そうすると、一番大事な、「人には感情がある、自分と一緒」、「親も有り、子もある、自分と一緒」というごく自然な大前提が忘れられてしまう。今の社会は「隣の家も、楽しくって、苦しくもあって、賢い時もあれば、ばかげたこともある。実はうちと一緒」と気付けるチャンスを失っているのではないだろうか。

その前提を深層心理に持っている社会とそうでない社会には大きな違いがあるのではないかと思っている。

あぁ、famiさんとこでゆるーく行きましょうと書いておいて、こぉーんなに、硬いこと書いてる、おれって、ちょっといい加減だなー。やっぱこういうのって、なんか、ちょっと疲れますね。

やっぱ本物買うか

Amazonアソシエイトに登録して、リンク張ったけど、ルック車が、まるでホンモノ(=ルック車でない)のような感じで掲載されているね。みんな気をつけてね(って俺が言う?)。自転車好きな人はおそらくプロのショップへ行くでしょうし、目が肥えているから大丈夫だと思いますが、俺のように素人に毛が生えたレベルの人が一番危ない。そういう人は特に、定価が5万円だ6万円だと書かれるとなんとなく本物と思っちゃう。それが1万円台まで値が下がっているとなると、、、あ、いかん、本人が広告に釣られてしまった。。。。orz。ミイラ取りがミイラに。。。ま、買ってないから別にいいけど。

んで、「これルック車よなー」とか、調べてるうちに、なんだか、ちゃんとした(軽量な)MTBかクロス車欲しくなってきた。ルック車は重いよやっぱ。メタボと戦うには自転車は重くていいのですが、見た目的にも走り的にも軽快さが無さげでなんかイヤ。

でも「折りたためる26インチ以上の奴ならルックでもいいかもですなー」なぁーんて思ってたら、レビュー読んでみると「重い」とか書かれてるし。それはいらん。。。。あと、「タイヤがくさい」なんてのもあるらしく、、、、笑えるが、最悪やな。買ってしまってからでは笑えない。コストパフォーマンスと生活スタイルから、あえてルック車を買う人だっているわけですが、くさいのはいかんなー。どういう匂いなんだろ。興味のある人は左のリンクをクリックしてね。しかし、ちゃんとレビュー読んでよかった。人柱ありがとうです。

2007.08.29

ロビンフッドとウィリアムテル

自分で書いた過去の記事を読み返してみた。こういうことしだすと死期が近いのだろうか。不安。。。ふあん。。。フアン...。

ま、それは良いとして、ガリレオ・ガリレイとレオナルド・ダ・ビンチで「ロビンフッドとウィリアムテルも自分はどっちがどっちだか混乱してる」といった意味の事を書いている(以前はロビンフットと書いていますがこれ間違いだそうで、フッドが正しいらしい)。で、書いているが忘れていた。いい加減な奴だ。でも今また確かに、わかっていないので、ちょっと調べてみる。(太田裕美と岩崎宏美はやっぱり判別できるので調べない。)

・・・

で、調べてみたけど、、、、残念ながら、違いがいまいちはっきりしないのだ。おれ、頭悪いなぁ。どちらも実在性に疑問があるらしい。。。うん。そうなんだ。。。。ロビンフットは十字軍と結び付けられることが多い。。。へぇー。。。ウィリアムテルはスイス人だとのことで。。。なるほどぉ。。。んで、どちらも弓の名手とのこと。。。。。あぁぁー、やっぱ明確な差があるイメージを構築できん。。。

ガリレオとダビンチは俺だけだったかもしれんが、ロビンフッドとウィリアムテルは割と多くの人が判別できていないようですよ。やっぱ日本人には難しいのだろうか。


そういや、俺、弁慶と義経がごっちゃになってるときがある。ってどうかな。もういいか。

奥さん、コメントしまくりですよ。

本日は皆様に下記の件について、連絡差し上げます。

長らく本ブログへのコメントはスパム対策として私ぱぱろぐの(えらそうに)承認制にしておりました。気に入らないコメントは、ばっさりばっさり削除ぉーと切っていたわけなのです。しかし、すみません、どこにも説明していないせいかと存じますが、せっかくの善意のコメンテーターの方々がコメント送信後「あれ?」と思われるのでしょう。同内容で再度ポストされることが多くありました。

いままでは、「す・すまぬ。。。。これも時代が・・・」と心の中でむせび泣く毎日。皆様にはご勘弁いただいておったわけですが。。。このところ、急になんだか(年のせいでしょうか?)大変申し訳なく思ってまいりまして。本日より未承認でコメント公開されるように変更しました。

奥さん、コメントしまくりですよ。

でも、もしかするとコメント時に画像が表示されて「文字入力しないとコメントできないよ~」となるかもしれませんが、これは決して、私が貴方をスパム呼ばわりするものではございませんので、どうぞ、くれぐれもお気を悪くなされませんようにお願い申し上げます。

トラックバックは以前のままの承認制でございます故、御了承くださいませ。

以上でございます。ご清聴ありが...

2007.08.26

自転車日記(加古川浜の宮公園)

姫路明石自転車道を西へぶらぶらと走っていて、途中別府駅あたりで南へ出てみて、ぶらぶらしてると、山陽電鉄の浜の宮駅に出た。ここは、会社帰りに電車を乗り過ごして目覚める駅。。。最近はないけど。

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そんなこんなで、浜の宮といえば松林の浜の宮公園ですので、一休みしてきました。

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太いやつ、細い奴、極端に斜めに伸びて支えられている奴。松にもいろいろなんだなぁと。とにかく、こんなに大規模な松林は他では見たことありません。非常に落ち着きますよ。

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2007.08.19

光の都

ちょっとした用事にて、実家近くの西はりま科学公園都市へ。SPring8という世界最大規模の放射光施設があり、地名は「光都」。電子を加速して磁場により曲げることで強力な電磁波を抽出するもので、一般には何をするものぞという施設ですが、いろんなところで活躍しているわけです。この新しい都市のおかげで少しは地元も活気付いているのかも。

夜は星を見た。気色悪いくらいに多くの星が見えるのだが、自分が子供の頃に比べると天の川が薄い。昔に比べて、空が明るくなってしまったのでしょう。明石の天文科学館のプラネタリウムでお決まりのフレーズ「さぁ、町の明かりを消してみましょう」。このフレーズの直後の驚きの夜空が、ここでは毎夜、普通に見られたのだが。

星空と呼べる夜空を久しぶりに見たという満足感と、もう見えなくなったものがあるという喪失感。矛盾する複雑な心境。

光の都なのに。

2007.08.15

今年の夏は。。。

今年の夏に限って、道端にセミが転がって死んでいる姿を良く見る。

マンションの階段の踊り場で、まだ生きているがよたよたと歩いているセミ。かわいそうに道端で力尽きて、カラカラに乾いて車に踏まれた死骸。

セミってこんなに道端でコロコロと死んでいく昆虫でしたか?彼らはこの夏の目的を果たして死んでいっているのでしょうか。私の原風景にセミが道端で死んで転がっている景色は無いのですが。なにか声にならない悲鳴を聞いているようで怖い。

シュモクザメの件も含めて暑さのせいではないかと思ったりするのですが、それ自体が地球温暖化というキーワードに踊らされているだけ?。。。。しかし、、、クールビズとファッションを結び付けすぎて本質を忘れていそうな日本。今後さらに怖い話に発展しなければ良いのですが。


昨日自宅近くで、いい場所を見つけました。近くの住吉神社(魚住)は小高く森のようになっていますが、この森が作る日陰ほど涼しい場所はありません。昨日夕方自転車で通りかかって「あぁ神様ー」となりましたよw。何時間も広いエリアが日陰になっているわけですから涼しくて当たり前ですよね。浜風もよく通ります。夕涼みは神社がいいかもね。

自転車日記(明石で過ごすお盆とジョセフヒコ生誕の地)

今年は実家へ戻らず、自宅すぐ近くの家内の実家でお盆をすごした。

といっても、ホントに自宅が近いので、おしょうゆが無ければ取りにいけるのだ。(そういうことは無いが)

お盆といえば、例年なら自分の実家の山の中で自然と共に過ごしているのだが、さすがに明石ではそうはいかない。することが無いのだ。

中学生以下の子供達が多いため、「一日の半分は飯作ってる。」と義母がぼやいていたが、本当にそれくらいの勢いで女性達は働いているのだが、一方男連中はというと、基本的にボーっとテレビ見ているだけ。夕刻には義父と義兄はお墓へ行ったり、お経を読んだりとしばらくの労働があるが、私はいまいち微妙な立場であって「いやいやゆっくりしといたらええねんで...」と義父に言われて、見たか無いのにドラゴンボールやケロロ軍曹をみてるわけで。。。ボーっとするのが仕事ですぅ。。。みたいな。別にだらけているわけじゃないよ。することがないんだもの。

そんな中、義父、義母、義姉からは口そろえて「クーラーの効いてるあっちの部屋で昼寝でもしといたら?」って、デフォルトで昼寝って。そんなに寝れるもんじゃないよ。朝一から自転車で姫路城いったりするから、昼の一番暑い時間は昼寝するわけで、朝起きて昼寝して夜寝るという生活には少々無理がある。。。

で、子供達はというと、中学生は部活やら習い事やらで多少忙しそうだが、小学生は基本的に家の中でゲームかよ。あ、うちの娘は一日マンガ読んでたみたい。「おまいら40日間も休みがあってなにやっとるんじゃ」といいたくなる。

ま、そういう状態で2日ほど過ごすと体重も1kg/日で増えるわけで、あらびっくり。家内に「あまりに退屈で死にそうだから、しばし自転車でポタって来るわぁ」とかいって1時間ぐらい時間を得た。だからって遠出できるほどの時間も無いので、あ、このまえ見つけ損なってたジョセフヒコの生誕の地の碑を見に行こうと。。。予告してたし。

実際、海沿いの道をぶいぶいぶいっと走って、新島の北詰にぶち当たって、「あっち側のほうにあるんだなー」とぶらっと見渡すと、「あ、あれか」と見つかるくらい簡単な場所にあった。なんで今まで見つかんなかったのか。

さしてありがたそうに立っているのでもなく、歩道の脇にすっと立ってるだけなんだな。ま、とりあえず写真でもと

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2007.08.11

自転車日記(姫路明石自転車道で姫路城)

姫路明石自転車道を使って姫路まで。往復64キロ、約4時間。

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姫路明石自転車道っていうのは今まで意識していなかったのですが、大まかには明石と姫路間の新幹線の高架下を延々と走る道路です。明石では海岸沿いになるようで正確なルートは知りません(少なくとも播磨町までは新幹線の高架下です)、姫路では2号線沿い市川の東詰あたりが基点のようですね。

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途中、別府駅あたりでしょうか、新幹線の高架下が池のようになっているところが有りました。なんだか不思議な光景でした。

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疲れました。。。

2007.08.08

車輪の再発明

面白いですねコレ⇒ @IT 「なぜ作ったのか?」、オレ様言語作った人々

まず「オレ様言語」という言葉が良い。初めて聞いた気がするけど。。。多少なりともこういう仕事というかコンピュータとの関わり方に憧れが自分にはあるんだなぁ。彼ら、別に儲かっちゃいないんでしょうが、楽しそうだ。

自分も言語処理系は好きだし、仕事でも関わったが、「いかれた」奴も「いかした」奴も造ったことが無いなー。まじめな奴だけ。。。すかしてるけど面白味が無い。遊び心が大事だと思っているんだけど。。。日本語の奴、すげぇ。いかれてるけど役に立ってるってすばらしい。

この記事に記述されている、「車輪の再発明は勉強になる」という一文でちょっと目が覚めた気がします。ものづくりに関して全般に言えることだと思いますが、「車輪を再発明はダメー!(誰かが作ったものをもう一度作り直すのは非効率)」という路線で進めなくてはならないのですが、それって、マニュアルがないと、なんにもできない奴をたくさん雇用して素人集団を作ることに陥りやすい。言葉は悪いけど、バカ製造機になっちゃうんだよね。

自分は、仕事でコンピュータと関わる以前には、それこそ車輪を再発明しまくったわけなんですよ。周りには何も無かったし、今のような通信環境すら無いから、そもそも車輪の再発明をしているなんて気すらない。「必要だけど手に入らないから作る」そういう時代でした。

やはり再発明は大事なんだよね。画家を目指す人が、著名な作品を模写するのと一緒なんですよね。

対向試験用のエミュレータなんかで、最近じゃTCPやUDPで通信する奴とかが必要になるんだけど、「ソケットって何ですかぁ?」の何にもできない新人PG(=ひよこ)が「通信用のパッケージなら○○万円で売ってますよー。私が作るより確実じゃないですか?」って言ってきたりするのだが、、、まぁ、確かにそうなんだけど、業務上正しいのだが、、、、プロとしての誇りは無いのかい?と。。。少し悲しいわけですよ。

教えてくれっつったらじっくり教えてやれるんだが。。。クリエイティブでありたいかどうかとか、今の時間を将来への投資と思えるかどうか。。。そういった問題かなぁ。

2007.08.07

Vブレーキの調整についての脳内試行錯誤

自分の自転車は、たまに前輪のVブレーキのレバーを握ると、奇声が発せられる。「キィィィーーーー!」ってやつですが。。。。

この「たまに」っていうのが曲者でありまして、鳴っていないときには、いくら見ても原因がわからないのですよ。でも、たいてい調べようとしたときには鳴っていないわけで。。。。不確定性原理って奴だな(違うけど)。。。ま、40前のオッサンが「じゃじゃ馬Vブレーキちゃん」に振り回されてる感じですよ。

で、この件についてはいろんなサイトで調べてみてるのですが、パッドがリムにハの字に当たるようにすれば良いとか書いてる人がいる一方、どうやっても直らなかったよという人もいて、ホントのところはどうなんですかと聞きたいわけです。ま、結局は、いろいろやってみるしかないのでしょうが。。。まずはパッドを変えてみるか。。。


とてつもない音が発生するのは稀なのですが、普段、ゆっくり押しているときなど(レバーは握っていません)に、蚊の鳴くような声で一定周期で「キッ、キッ、キッ」と鳴ることがあります。定期的になっていることから、前輪が一周する毎に1回「キッ」と鳴っていることが予測されます。

よーく前輪を見てみると、リムのちょうどVブレーキではさまれるところのある特定の場所が、黒く汚れていて、触ってみると、そこには段差がある。自転車がちょっと斜めになっているときに鳴り易いことから、これがブレーキパッドに微妙に触れてるような、触れていないような、こそばゆいような、こそばゆくないような状態で、音が鳴っているようですね。パッドがここで削れて黒くなってるようで。。。自分の自転車は安物ですが、ちゃんとした自転車ではこういうことは無いのでしょうか。

2007.08.05

自転車日記(旧道:魚住~西二見)

はっきりとしたことは知らないのですが、旧浜国道より南に旧道があるとのことを地元の方から聞いたことが有ります。

確かに、東西に伸びる細い道路が有り、普段はそんなに意識せずに往来しているのですが、今日はこの存在を意識しながら、西へ。新島まで行ってきました。

この道は西二見で旧浜国道に合流しますので、その後は、いつも通っている海沿いの道です。

新島に渡り、南端まで行きしばし休憩。実際ここは釣り人が多いのですが、釣りをしない私にとってはあんまり面白いものがあるわけではありません。ただ、海は好きなので、一応自転車の写真でも。。。

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すみません(って謝る必要もないですが)写真いじっています。わかりますよね。撮影したときの岸壁の落書きのちょっとした雰囲気と空の色、勝手に生えてる雑草と花、などなどが良い感じで頭の中でイメージを描いたのですが、自宅で撮影した写真を見てみるといまいち。ガンマとコントラストを強めに出して、青色を強調。

帰りには、新島の中央にある公園へ行ってみました。隣は野球場になっておりまして、8時ごろから草野球の人達が集まりかけていました。砂利が多くって最初こけそうになりましたが、踏ん張りましたよw

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前の記事にも書いていますが、実は浜田彦蔵さん関連のものを探していたのですが、それは見つからず。また今度ということで。

で、帰りに魚住の住吉神社でちょっと気になる道が。「こんなところに道があったんだー」って奴です。ぶらっと入ってみると行き止まり。でも、住吉神社の立派な鳥居と階段が。。。こんなところに鳥居があるなんて知らなかった。今の携帯のカメラではフレアが綺麗にでてたので、あえて、そういう写真を撮ってみました。ま、邪道ですがね。

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自転車日記(「ジョセフ彦記念碑」予告編)

ジョセフ・ヒコの件で気になったので、播磨町のホームページを覗いてみたら、町内案内用の地図があった。おそらく播磨町役場には掲示されているのでしょう(現在地マークが役場になっているから)

昨日発見の小学校にある「浜田彦蔵の碑」は掲載されていませんでしたが、同じように存在だけ知ってて実物を見たことの無いもので、「ジョセフ・彦記念碑」の大体の場所が示されてた。(新島へ渡る橋の北詰とは知っていましたが。。。)

実は、今日の朝は、これを探そうと自転車で走ってきたのですが、見つけられず。来週あたりに行ってみよう。

2007.08.04

自転車日記(播磨町 浜田彦蔵の碑)

新島へつながる道と並行して、西側に「喜瀬川」という小さな川が流れています。この川、先週訪れた大中遺跡の東南を流れています。この川沿いの道を走って、大中遺跡まで行こうと考え、旧浜国に架かるこれまた小さな橋を渡った所で、、、、

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「浜田彦蔵の碑 400m」という標識です。すこし汚れていますね。存在は知っていたのですが、どこにあるのか、調べてもわからなかったのです。しかし、こうやって標識が出てるわけだから、すぐに見つけられるだろうから、計画変更!。今日は浜田彦蔵の碑。

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ふむふむ、ここを右折して400m先なのね。右折すると上の写真の道。「喜瀬川ふれあい散歩道」という道です。

しかし、しばし進んでも、見つからない。ありゃ、もうそろそろ、400m進んじゃったよー。見落としたかなー。こういうの見つけるの苦手なんだよねー、俺。

ところで、この道ですが、時間帯が悪かったのか、蝉が鳥のようにバサバサと飛び回っている。朝の8時過ぎです。2回ほど、顔にぶち当たったよ。でかいですよ。いてて。俺がドンくさいのか蝉がドンくさいのか。。。

で、蝉の体当たり攻撃を受けつつも、「概算の距離だからもうちょっと先かな?」とかおもったりしながら、さらに進んで見ましたが、やはりそれらしきものは見つからない。結局この道、行き止まりになってるし、山陽電鉄の播磨町の駅に着いちゃったよー。今通ってきたところのすぐ近くに絶対あるはずなのにねー、と半ばあきらめて、周辺をうろうろしてましたら、、、、、、、偶然、、、本当に偶然、、、あった。。。。なんの気なしに、前方を見ると、公園?いや、小学校だな、小学校の校庭の片隅に「碑」らしきものが立ってる。。。。近づいてみる。。。。

Hamadahiko

あった!なぁーんだ、川沿いじゃないのね。標識のあるところを曲がったのが間違い。ひとつ先の交差点を右折すべきだったのだわ。そりゃそうか、標識ってそういう立て方になってるよね。

で、小学校の敷地内です。工事中のようで、入り口封鎖してるみたい。だから、金網越しに道から撮影。写真は、トリミングしています。


で、このひと誰かって言うと、浜田彦蔵さんです。ってそれは知ってますね。ジョセフ・ヒコさんとも呼ばれていたようですよ。新聞の父だそうです。この界隈の漁師さんのおうちに生まれたらしいですが、少年時代に播磨灘で船に乗っていたところ、嵐で難破して、漂流、運良くアメリカの船に救助され、アメリカにわたった数奇な運命の人。日本開国後、外国を紹介する新聞を国内で初めて発行。。。

私もあんまり詳しくは知らないのでここまで。間違ってるかもしれない。Wikipediaにも載ってたと思うので、詳しくはそちらで。。。


数ヶ月前、テレビで紹介されていたのをたまたま見て、住んでいるところのすぐ近くですから、興味を持っていたんです。碑の存在もそのときから知っていましたが、この地域内での情報がなんだか少なくって、碑がどこにあるのか、わからなかったんですよ。ところで、海岸沿いの浜田公園というのはゆかりの地なんでしょうか?偶然でしょうか。

播磨町駅には地図がありますが、この碑についての記載はありませんでした。有名な偉人と呼ばれる人のふるさとなんだから掲載しておけばいいのにね。みんな、あんまり興味ないのかな。


ま、探してたものが偶然見つかって、なんだかスッキリでした。走行距離は24kmほど。2時間かけてゆーっくりゆっくりでした。播磨町でうろうろしてましたからね。

2007.08.02

Google PageRank うなぎ登りな訳ねーよっ!な勘違いの巻

Google ウェブマスターツールに、以下のようなテーブルが表示されているのですが、

Google ウェブマスターツール[PageRank の最も高いページ]テーブル

一ヶ月以上勘違いしてたよー orz。先月、この表に「現在、データを表示できません。」って出てましてね。「おぉぉPageRankが5から6にあがったよー」って内心「ま、俺も、掛け持ち新米WEB Masterとしてやれる限りのことをやってるからなー、ホクホク」だったのですが、、、。

んで、さっきも、また同じ状態になっててね。「あれ?また7に上がるのね。うなぎのぼりー」と。。。しかぁし、話が良すぎる。おかしい。そんなはずは無い。だって、7月はSEO的なことは何にもやってないし、コンテンツの面倒すらほとんど見てないからねー。

で、調べてみて判明。この表の左側の数字はPageRankではなくって、月なんだってさ。その月の中で一番PageRankの高かったURLが右に出ているとのこと。なるほどね。PageRankが上がったんじゃなくって、月代わりの時に、表示データ更新のため、「現在、データを表示できません。」と出るのか。。。。

なら、ちゃんと6月とか出しといてくれたらいいのに。恥ずかしいなー。もうちょっとで、会社で「Google PageRank上がりましたー」って朗らかに報告するとこだったよ。

前から「この表、どうもはっきりした意味がわかんないな。」と多少は思ってた。。。。ホントですよ。でも基本英語圏のツールの翻訳やしシャーないなーと落ち着けてたわけだ。ヘルプ見ても中途半端な日本語にくじける。。。

いやいや、くじけず日々勉強ですな。ふぉっふぉっふぉ。

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