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2008.07.03

落書きすな。

もお落書き発見のニュースは要らんですよ。ほんなもん、落書きなんぞ、探したらなんぼでもあるんやろけど、今さら「やいのやいの」「あーだこーだ」言うて、間抜けにも個人特定されるような内容残したおバカさんやお間抜けさんだけを吊るし上げてみたところで世界は救われないのではないか?ん?

たといおバカさんがバツを受けても涙ながらに謝っても、ワシにとっては何の得にもならんわい。なにより気になるのは、「何でこんなお間抜けさん達が出来上がってしまったのか」ということだよ。そこはそれ、本人の責任においての事が多くを占めるとは思うのだが、こういう人が出来上がるにおいて、それを育んだ社会にも責任が無いとはいえなくもないあるよ。とか考えを深めてみるわけだ。

確かに、キズをつけられた物の価値の低下やそれらを心のよりどころとしている人たちにとっての精神的ショックなどについては気になるところではあるのだけれども、しかし、消せるもんは消して、消せへんもんは、そらしゃーないからそのままにするしかないのも事実。お金かければきれいにできるとしたらできる範囲でやるしかないやろ。しかし、おバカさんだけに頭下げさせて、金払わせるとするなら、このおバカさんを作ってしまった社会はペナルティを受けてないことになるのでは?。人は一人では生きていないのだ。だれかと関わって生きているのだから、責任をヒャクパー個人に背負わせるのも酷ではないか?そうでもないか?どうなんだ日本の社会。

お間抜けさんを擁護するつもりなどはないのであるが、そもそも、「何でそんなアホなことすんねんな」というような事をしてしまうのが人間である。当然ながら、その行為が含む罪の大きさによって影響を受けた側の反応は大きく変わってくるのであるけれども、いうても、この一連の落書きは幸いにも「人の生き死に」には直接的な関連はないと思われる(現地の人の宗教観などは知らないから勝手なことは言えないが、あくまでも日本人からしてのはなし。無縁とは言わない)。人は間違うものであり、恥ずべき行為を行うものである。なによりも大切なのは、その間違いを「どうやって是正するのか」、「次に同じ過ちをしないためにはどーすればよいのか?」と思索し、落ち着いて行動することこそ必要なことではないのか、ベイベー。

今のこの一連の報道状況は、ホンマに悪い奴を見逃して、単にアホで間抜けな人たちを騒ぎとともに吊るし上げているに過ぎないのではないのか?ピーヒャラピーヒャラ、あれもこれもと、お祭りの如く、騒ぎ立てる。何か間違っているのではないだろうか。

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コメント

人を殺しても社会悪?
殺人を犯す人間を作った社会が悪いので、殺人を犯した人を攻めてもしかたがない。

淡いグレーさん、こんにちわ。
すごい論理だな。殺人どころか人をキズつけちゃ責められて罰せられて当然だよ。

「落書」によって「意図的に他人の財産に損害を与えた」のだから立派な犯罪だと思います.マスコミは「落書」を「イタズラ」程度と報道しているように見受けるのですが,立派な「犯罪」なのだと報道して欲しいと思っています.

sumiさん、確かに。故意に文化財を(物理的に)破損させれば犯罪として報道されるのに、故意に字を書いているのに「いたずら」。これはおかしい。何か固定された古いイメージで報道しているように思えますね。やったのはええ大人だ。

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