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2009.06.04

二十年

天安門事件から二十年経過したと聞いて、時の流れの速さに驚く。

当時、ワタシは二十歳。中華料理屋さんで皿洗いのバイトをしていて、三人の中国人とよく話をしていたので、印象深いのだ。「陳(chin)さん」と呼ばれる年配の料理人。40歳くらいだったかな。目をギラギラさせて「共産党とケンカしたらこうなったよ。学生達はバカだよね。日本とは違うよ。みんな殺されちゃうんだよ」と。普段は軽薄でだらしのないオッサンだったけど、いつになく真剣に話をしていた。

生ぬるく「フリーター」だなんて言いながら適当にその日暮らしをしていた自分にとって、この事件の背景なんて、なにもかもが別世界の出来事。果たして彼が怒っているのか、それとも、哀しんでいるのか、まったくわかっていなかった。多分だけど、やるせなくて、話をしたかったのだろうと今は想像しているが。。。

日本語学校へ通う「毛(mao)」という名の女の子(みんな「もーちゃん」と呼んでた)も厨房で働いていた。でも、天安門については何もしゃべらなかったな。なにか、おびえているようでもあったし、そうではなかったのかもしれないし。陳さんとはよくしゃべっていたし、よく笑う。でも、笑顔に少し影があった(ように感じていた)。年下でおぼこい子ではあったが、なんとなく日本でぷー太郎やってる自分よりは、世の中のことを知っているのかもしれないなと感じていた。

もう一人は、点心担当のおばさん(というほど年はいっていなかったかも?)。残念ながら名前がはっきりしない(江さんだったかな?江さんは香港からの留学生のお姉さんだったかな?)。とにかくおばちゃん、全然日本語は喋らないけど、とにかく明るくて楽しい人。厨房の仕事の大半は彼女から教わった。よく怒られたけど、楽しかった。バイトやめてから阪急の三宮か阪神の元町でバッタリ会ったことがあったけど、いまどないしてるんだろうか。

天安門事件は関係なくなってしまって、思い出話になってしまった。。。でも、これが20年前のこととはねぇ。ついこの間の事のように思っていたんだがなぁ。20年前なのだなぁ。

冒頭部分と矛盾するけど、時の流れというのは、速いのだか遅いのだかよくわからんようになりましたわ。

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コメント

就職して毎日毎日飲み歩いていた頃でした。
なにが起こっているのかも理解できず(理解せず)、
戦車や砲火をぼんやりTVで見た覚えがあります。
いまさらですが、平和ボケの自分を恨みます。


天安門事件の翌年に北京に行きました。
日本と仕事をされている現地の方から食事の前に、「みんなの前で政治の話は禁止」とか言われ急に緊張したのを思い出します。
あれから20年ですか。。。時がたつのが早く感じます。やっぱり歳かな(笑)

ローラー男さん、
ワタシも当時、ボケまくっていました。バブル期の「何でもあり」な状態でしたから。「平和ボケ」は平和でないところからは憧れの的だったみたいです。

さかじいさん、
日本国内では簡単に政治の話を(否定的に)しゃべれるけど、国外では気を使いますね。適当なこと言うとえらい剣幕で怒り出す人とかいてビビリます。特に二十年前はすごかったんだろうなー。

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