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2015.04.03

寛容さが肝要なのさ

本屋の出口、背後でぶつぶつ悪態ついてるおじさんがいた。思わず振り返ってじっと見てしまったのだが、「なんですか?何か御用ですか?」と、おフランス帰りの「しぇー!」なイヤミみたいな口調で、控えめな苦情を示された。

なんかしらんけど、後ろでブツブツ悪態をついているその態度が、人として男として、気に入らんかったのは確かなんだが、誰だって、つらいことや気に入らないことを、それぞれのやりかたで解消しながら、周囲の人に迷惑やら心配をかけながら、相互作用の中で生活しているのだから、軽率な態度は控えなくてはならないなと。

そこいら中で、一言文句をいってやりたくなることは、実はよくある。しかしそれは指導と言えるようなものでなく、気に入らないから噛み付いた的な、満たされないやつあたり的欲求。

最近、こういう「公憤」の傘をかぶった「私憤」が、自分の心に多少なりともダメージを与えていることに気がついたので、対処法を実践中。

「このやろう」と思った瞬間に特定の動作をする。それが何かっていうと、「あ、あいつ今ムカついていたんだな」ってバレちゃうから言わない。

というか、それはなんでもかまわなくて、「憂さを晴らす」ということの代償行為であればよい。そのしぐさによって、「正々堂々と文句を言ったのと同等なのだ」と思い込めればそれで良い。

そもそも本当に、相手を口汚く追及したところで、自分の考えが即座に伝わって、相手は反省し、謝罪されて大団円なんて、ありえない。

人それぞれ自分の信条に従って生きているのだ。自分がココロの平静を保てればそれで良いのだ。 ただし、自分や誰かが危険にさらされているようなときは別問題だ。


今日の運動:通勤徒歩5キロだけ

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