« 穏やかな場所 | トップページ | なまぬるいぞ »

2017.02.16

ボクが笑えなかったその理由

既婚者なのに浮気相手?と披露宴を開いてしまった警察官の話、 「ズルズルとそうなってしまった」というやつですが、 報道のあり方とかそういう難しい話ではなくて、 単に自分は笑えなかったって話。

もしかすると、かつての自分が、そんな人だったような自覚があって、 そんな感じの大人になっていたかもしれないなって気がするので笑えない。

あ、浮気するとか、そういうのじゃなくて(笑)

ある状況に対する時に、どうして良いかわからなくなってしまい、人に相談できないという傾向。 多分理屈では理解できないと思うが、その時に心境はなんとなく想像できる。 単なる準備不足だともゆー。そのままズルズルやってると最後にどんなことになるのか、自分のこととして予測できない、または「予測しないでおこう」と決定して、ことごとく無視しようとする。 そして、時にはウソをつく。

小学校の低学年までに何件か、そういった記憶がある。 その傾向は徐々に薄まりながら、20代半ばで、なんとか常人レベルといえるところまで来たように思っている。

発達度合いが凸凹だったかもしれない

当時は考えもしなかったが、次男が発達障害を持って生まれ、それによって得た知識から、自分自身にもその傾向があったのではないかと思うようになった。診断を受けていないので、実際どうかはわからないし、この警察官さんがどうなのかもわからないが。

発達障害やアスペルガーなどの自閉症スペクトラムは、ある領域の能力がすっぱりごっそり抜け落ちていて、事情を知らない人にとっては理解できないって状況に陥ってしまう。そして「あれこれやりなさい」とはあまり言われない大人になってしまえば、周囲に気づかれずにも生活できる。

なので、このニュースの報道で「なんでそうなるんですかねー?」と笑っている人たちの姿を見てしまうと、イヤな記憶を呼び起こされ、陰鬱な気分になるのであった。

それはこんな記憶だよ

小学校低学年の頃、運動会で全員参加のチーム対抗竹馬リレーがあった。 自分は竹馬に全く乗れず、しかしなぜか練習もせず。「乗れない」との表明さえ出来ずにいた。

「乗れない=恥ずかしい」という意識はあった。 根拠なく、「本番では乗れるんじゃね?」と思っていたかもしれない。 また、「乗れなくても良いんじゃね?」と思っていたような気もする。 明らかなのは、自分がどういう状況に陥るかという想像が、できていなかった。

結局そのまま運動会の日を迎え、リレーが始まり、運動場のど真ん中で発覚。 乗れるわけない。乗ったこと無いんだもん。乗ろうとしたことだって無い。 みるみる見事な周回遅れ。 結局上級生から、「なんで練習せえへんかった!」と叱られながら竹を支えてもらってゴールまで。 もう完全に地域の笑いもの(当時、小学校の運動会は地域の催し物だったから)。

やればできる子

その後、あまりにも不甲斐なく感じたのだろうと思うけど、父が竹馬を作ってくれて練習したらすぐに乗れた。ただ、その姿をまた、馬鹿にもされた。なんで先に練習しないのか?といったふうな。そらそうなんだけど、できなかったんだよ。

これが成長と言えなくもない

一旦決まったポジションは簡単には変わらないから、本当に嫌な思い出。でも、これによって1段階成長したというのも事実だと思う。 結局そうやって、程度の差はあれ、大小様々な失敗を繰り返して周囲から助けられて成長するものかもしれない。

しかし、

ただ、その成長過程で、恨みや妬みやいじめ発生するんじゃなかろうかと思ったりする。知らんけど。

だから、

だから大人は笑って首をひねってばかり居ないで、冷静にその状況を把握して対処していかなければならないんじゃないかと思うんだわ。

« 穏やかな場所 | トップページ | なまぬるいぞ »

発達障害」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/94026/64899799

この記事へのトラックバック一覧です: ボクが笑えなかったその理由:

« 穏やかな場所 | トップページ | なまぬるいぞ »

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
フォト

Google AdSense

銀の弾丸

無料ブログはココログ