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2018.04.27

自分の「中年の心の闇」はコレかもしれない

「中年の心の闇」 ― この言葉は初めて聞いたが確かに存在しそうです。 来年50歳だが、ココロとカラダを何かドロドロしたものに、徐々に支配されつつあるかも知れんと思ってた。 なので、タイムリーな記事でした(↓)。

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自分の場合は、つい最近まで、イマイチどころかマッタクわかっていなかった。 しかし40代半ば過ぎ、ちょうど長男が独立したあと長女も就職して社会人、20年の家のローンが終わる頃、心と体を「闇」が占拠しはじめていたような気がします。

かつて子供達が小さなころは、やれ風邪ひいただ怪我をした、部活がんばれ試験も頑張れ、受験はどうする進路はどうだと気ぜわしかった。このバタバタが落ち着くのは数年後かなと待ち望み、それまでなんとか我慢もしながら、もうひと踏ん張りイッテミヨーとやってきたが、そのささやかな目標点に到達すると、

「さてこれからどうするんだっけ?」と。 ん?なんだ?あとは失うばっかりじゃないのか?と。

実際失うばかりじゃないです。希望が全くゼロというわけでもありません。落ち着いて少し頭をひねれば、やりたいことや、欲しいものはあるにはある。しかし渇望とは言い難いのね。

自分に残された時間は、これまで生きてきた時間よりも短いって知っている。 時間以外にも、生きてるうえで、いろんな制約が増えていて、もう出来ないことや、もう手に入らないモノ、もう実現しない夢などが、心の底に彩度ゼロで滞留している。 欲の減退との相乗効果。「あきらめ」のスレッショルドが下がっていて、それら滞留物を浄化できない・・・。

・・・・・

と、まあ極度にネガティブ側へ振り切って書いてみると、えらく陰鬱な文章になってしまった。 しかし、これが自分にとっての「中年の心の闇」かなと。

今のところ、ココロとカラダ全体を支配されてるわけではないし、社会的な規範を踏み外してはいないつもりだが、しかし確かに「闇」はあって「病み」に通じることも知っていて、それは徐々に大きくなっているんだな。

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今朝まで寒さが続いていたが、夕方からちょっとマシ。 週初めに食べ過ぎてプチ・リバウンドで+2㎏。 週末にはなんとかBMI=22以下に戻せたし、 土曜日以来、中5日の夕方ランは、1キロペース5分4秒で3.7キロと ベストコンディションで3連休に突入完了。 減量するとランのスピードが上がりますね。ガス欠には気を付けなければならないが。

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