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2020.06.26

「みんなともだち作戦」開始

今朝から自分のすさんだ心を正すため、自分の中で「みんなともだち作戦」と呼ぶ活動に突入。身の回りの人はすべて友人、知り合いだと思いこむ。見かけた瞬間「おっす、今日も元気やな?」とか「そない自転車飛ばしたら危ないでー」と声をかける(心のなかで)。ほら、そこらで知り合いに出会ったら声かけるでしょ。

他人を許せない自分が嫌い

自分は定常的な関わりのない他人の「正しくない行動」に対して攻撃的になりやすい。例えば、電車を降りて改札へ向かう列で、後ろの人が強引に前へ出ようとして、肩やリュックが押されたりすると「なんだよこいつ💢」と思ってしまう。例を上げればきりがないが、交差点で停止線を大幅に超えて停止する車両が腹立たしいとか。

怒りに任せて物理的な反撃などはしないが、顔にはありありと不満の色が現れているはず。実際どこまで抑制が効くのかわかっていない。これはいつか刺されるやつだ。

相手は確かにマナーや規則に違反している。しかし誰でも間違うことはあるのだし、自分は完璧なのか?と問われたら、そんなことはありえない。彼らが故意に違反しているとしても、明確に敵意を表しているとしても、この段階で物理的な被害はないのだから。


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結局人を見ていない

知り合いや利害関係があって「まったくの他人ではない」と思っている人に対して、そんな態度は取らない。

他人の行動に「敵意がある」とみなして怒る。つまり他人は敵だと潜在的に思っている。

しかし、後ろからぶつかってきた人が知り合いである可能性はあるし、停止線を大幅に越える車両の運転手は親族かも知れない。そこには考えが及んでいない。

実は危険な思い込み

つまり、自分は目の前の相手を見て判断しているのではなく、シチュエーションで判断している。家にいるときは他人はいない。通勤途中は他人だらけ。会社には知ってる人しかいない。そう思いこんでいる。それは間違い。これが問題。

本当に危険な敵が現れた時に、それを避けられない可能性が高い。実際には敵ではないのに、ひょんなことから取り返しのつかない行動に移行してしまう危険性を感じる。

そこで「みんなともだち作戦」開始

起床時に以上のようなことがとても心配になったので、将来誰かに刺されないため、相手をきちんと見定めるため、今日から自分の周り半径200mほどにいる人たちは、すべて友達だと思うように自己暗示。

自転車で並走している高校生も、赤信号になった直後に加速して交差点を駆け抜けるターボでジェットなスポーツカーも、みんなともだち。すれ違いざま仏頂面で1ミリもよけようとしないオッサンだって知り合いなのだ(と思い込む)。

全部ともだち。みんな知り合い。

こうしておけば、彼らの存在に気づいた時に、きちんと彼らの姿を確認して(心のなかで)声をかける。知り合いならば不作法だってちょっとした間違いだって許せるのだし、冷静に指摘して修正できるのだから。怒りに任せてぶちまけるようなことはない。

こんな楽しいことはない。

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