カテゴリー「MZ-700 / 1500」の14件の記事

2018.05.03

MZ-700フルJavaScriptエミュレータのアセンブラ増強と残念ながらの凡ミス修正(v0.9.22)

自作MZ-700用Z80アセンブラの疑似命令DEFB(データ定義)を増強しました。

  1. 従来1バイト分しか記述できなかったが複数要素を記述できるように。
  2. 引用符で囲まれた文字列はASCIIコードやMZ-700のディスプレイコードに変換します。
  3. EQU疑似命令で定義されたラベルを記述できるようにしました。

複数要素の記述は、カンマ区切りかスペース区切りで。

「文字列=>文字コード」の変換について、ASCIIコードへの変換はダブルコーテーションで囲む。 バッククオートならディスプレイコードに。 どちらもC言語的なエスケープシーケンスを使用可能。

という変更をコミットする寸前、現バージョンの画面でキー入力が受け付けられていないってBUG発見。 急いで修正してv0.2.21としてリリース完了(冷汗かいた)。

その後心を落ち着けてから上記アセンブラの増強をコミットしてプッシュしてv0.9.22をパブリッシュ。

キチンと確認せんと。プロなんだから。


2018.04.29

モダンブラウザで動く「MZ-700エミュレータ」をそろそろ正式リリースしたいかも

GitHubに置いてから約2年。 Z80のエミュレータとして公開してから2年とだいたい8か月。 昨年9月に、CPUのエミュレーションがほぼ完了。 その後はほとんどMZ-700の周辺機器のエミュレーションとUI周りの改善活動でした。

究極の目標として、MZ-700のアーキテクチャを利用したZ80アセンブラのプログラミングワークベンチとしてのエミュレーション環境を提供したい。世界中のすべての人にMZ・・・って、ボクは何言ってるんだろう?www。

早めにMZ-1500のエミュレーションにも取り組みたいし。

昨年、上記ページの初期状態で提供している PCG-700のサンプルプログラムを書いてみたけど、なんだかブロックを組み合わせて積み上げて、好きなものを作ってるよな楽しさがありますよね>Z80アセンブラ

実用的には現在ほとんど意味はないけれど、この楽しさは確かに35年前から存在していて、昨年実家の実機はもう無かったけれど、こいつ(当時の実機)のおかげで、ひょんなことから現在の職業に就くことになり、今に至っているわけで、、、いろんな人に伝えたいなあ、楽しい楽しいプログラミングとモノづくり。

言語がどうとか関係ないね。思った通りにコンピュータが動くのよ。楽しすぎる。


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朝ラン6キロ。起床時BMIが21.5を切ってた。 ランから帰ると水分抜けて21。自分的にはガリガリレベルだ。 終日MZ-700いじりながら合間にちょいちょい筋トレ。 晩御飯をがっつりいただくと、なんとかBMI=21.5に戻ってた。

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2017.10.12

MZ-700はやっぱりアツい

いやホント、とにかくMZ-700関係は層も厚けりゃ温度もアツい。こんな21世紀になるとは思っていなかった。

エゴサーチ的感覚wで自サイトのアクセスログのリファラー見てたら見慣れないURLがありまして、辿ってみたら、拙作「MZ-700フルJavaScriptエミュレータ」で、ZELBUSが動いているキャプチャ画像が貼ってあり、同エミュレータを紹介してくださっているブログでした。ありがとうございます。

こういうのほんと嬉しいですね。天にも昇る気分です。最近は手が止まっていて、妙な自己プレッシャーを感じていましたが、すこしモチベーションが持ち直した感があるので今後頑張ります(と思います。健康を害さぬ程度にw)

npmとそのプロジェクトページもよろしくね(コアはみんな同じだけどフロントエンドに違いがあります)。


今年の1月、MZ-1500の情報が多彩なAKDさんから相互リンクのお話をいただき、やっぱMZは濃いなと小躍りしました。MZ-1500って基本的なアーキテクチャはほとんど同じなんですよね。 ボクはMZ-700のあとMZ-1500も持っていました。PSG6音が楽しかった。

8月には「Windows用MZ-700エミュレータ MZ-700 Win」 の作者、まるくんさんからも「これ便利ですねー使わせてください」と言われてひとり夜中に密かに小躍りw


そんなまるくんさんは本業が忙しいにも関わらず、先日のMI68(エムアイロクハチ)で、MZVR なるプロジェクトを展示。MZ-1500のエミュをバーチャルリアリティ内部で動かすっていう、もうどんだけバーチャルやねんていうプロジェクト。少額ながらも9月には支援させていただいたので注目していたのですが、MI68当日の朝まで実装されてて恐ろしさすら感じたわけですが、しかし当日のTwitterでは多数の #MZVR なツィートがあってほんともの凄いクリエイターだなって畏れ多い存在です。

HAL研のMZ-80Cもですけど、Oh!石さんのMZ-700をMZ-1500にアップグレードするバージョンアップアダプタとかもうメロメロです。

自分も頑張らにゃならんなー。健康を害さぬ程度にw

2008.05.29

【Respect MZ-700】 MZ-1500:自転車で大怪我

MZ-1500は自身で初めて手にしたパソコンです。嬉しかったなぁ。MZ-700は父が仕事で使うために買ってきたもので、勝手に兄と共用してた。中学では数学の先生と自分しか家にパソコンがないという時代。この数学の先生とともにパソコンクラブを作るのだけど部員全員パソコン持ってない(笑)。えらい田舎のことですから仕方ない。うちが特殊だったのですね。

さすがに高校では同学年に数人はいましたね。でもMZ-700の人はいなかった。シャープのMZ-2000が一人、他はNECのPC6001とか88とか。憧れだったX1もいたかもね。ま、とにかくシャープ勢とNEC勢が拮抗していたんだけど、みんな一応グラフィカルな表現が可能なのね。しかしMZ-700は「あぁ、あの色は出るけど絵の出ないやつ?」てな感じで悲しい思いをしていたわけです。キャラグラの世界は素晴らしいと今でも信じていますけど、、、、でもやっぱ細かい絵も表示したかった(実際には後に実現されてたらしい)。そんなときに発売されたのがMZ-1500。倉沢敦美。懐かしい。もう飛びつきました。それまではX1が欲しかったけど、MZ-700とほとんど互換性があったから。「QDは実はFDより速い!」ってのも効いた(笑)。64kbを8秒程度で読めるのはQDだけだったけど、ランダムアクセスできなんだ orz。ま、テープしか知らないから当時は全く問題を感じていなかったんだ(笑)。

しかし、残念ながら、MZ-1500がおうちに来るまでの数日間の記憶がない。自宅に到着する数日前(だったと思う)に自転車で事故ってしまったんですね。山越えの自転車通学で夜7時半ごろの帰宅途中、下りでデカい石に乗り上げて落車。直前にダンプカーを追い抜いていたが(オイオイw)、転倒直後に横を「ガー」って走って行くのを覚えてる。その後少なくとも数秒意識を失い、気がついたらガードレールの支柱の間で寝そべっていた。顔面血だらけ。額と両手の甲などを数針縫って、包帯でぐるぐる巻き。数日は両目が開けられないほど顔が腫れ上がって学校は休みました。今思えばよくこれだけで済んだと思う。下りで緩い右カーブだったからガードレール側へ転倒したのだが、たまたまガードレールには当たらず、支柱の間へ潜り込んだおかげで助かった。右への落車はダンプに轢かれる可能性。ガードレールに当たればどういう落ち方してるかわからないし、支柱に頭から突っ込んでたらおそらく即死。ガードレールの外側はそれなりに深い谷なので、飛び出してるとそれも大変なことになってるはず。

と、まあ、そんな自宅療養中にMZ-1500が自宅に到着(ラッキー)。ミイラ男が箱から出して配線し、MZ-700の横に並べた。怪我を忘れて数日間はMZ-1500を触りまくっていましたね。

さて、周囲の誰もが気付いていないのですが、このMZ-1500が到着した後、学校の成績がガクッと落ちこんだ。みんな事故&怪我のせいだと思ってるけど、おそらく違う。しかしその後、理科・物理に関して、MZ-1500が大活躍。物理って計算だけじゃなくてイメージを描くのが大事だからHu-BASICでシミュレーションして半ば遊んでいましたね。他にもいろんな面に影響を受けた。たとえば、6音PSG(PSG: Programmable Sound Generator)を扱うためのシーケンサーソフト(とはいまいち呼べないけどピアノロールみたいな奴)が最初からついてて、これがのちに鍵盤楽器の演奏、作曲、編曲への興味につながったり。

ま、とにかくMZ-1500とは深く交わったというお話。そのほかの話は、また、いつかその機会に。

2007.09.05

【Respect MZ-700】 名機危機一髪

突然だが、実家の一部をリフォームするらしい。リフォームするのはお盆に聞いていたのだが、先日、親父が「スイカが食べきれないから持って行ってやる」という名目で孫の顔を見にやってきた。

「いろいろ荷物を移動したりで、ばたばたしてる。いらんもんもいっぱいあるから処分する」とか言ってる。

!!! や、やばい、すてられたか???

と気になったので、mz700の現在の状態を聞いてみたら、「あー、あれな、捨てるのに金かかるからとりあえず置いてるけど、そのうち捨てるぞ」とのこと。multi-8は捨てたとか捨ててないとか。どっちなんだ?って、ナツカッスィーーーmulti-8。始めて3Dグラフィックのプログラム組んだのがmulti8だったことを今思い出した。ワイヤーフレームで紙飛行機みたいな物体をくるくる回しながら飛ばした気がするぞ。って関係ない。

まー、multi8も気になるけどmzに関しては、最悪の事態ではなかったので、一応胸をなでおろした。でも、「歴史的資料(大げさ?)だからぜひぜひ片隅にでも置いてて欲しい」と懇願のあらし。だって完動品だからね。って確認したのは既に10年以上前か。プロッタプリンタやテープドライブはもうやばいかもしれないな。

父も、元エンジニアですから、なぁーんとなく当時のパソコンなどの回路図とかが載っている資料や、説明書の類の豊富さには意味を感じていたようで、「おう、わかった」とのこと。良かった良かった。

9月の連休では実機確認に行ってみるかなー。

おかんが勝手に捨ててたりして。。。びくびく。

2007.07.03

【Respect MZ-700】ハンドアセンブル

ま、MZ-700は直接関係無いんだけどね、、、、ハンドアセンブルについて書きます。って歳がばれるか。いやほぼばらしてるし。

「ハンドアセンブル」っていうのは、紙とかに書いたアセンブリ言語のプログラムをニーモニック表を見ながら機械語に直す作業をいいます。要するにアセンブラがやる事を手作業でやるわけだ。だから「ハンドアセンブル」

ハンドアセンブルしてたよなー。だって、アセンブラなんて無かったしね。ノートにびっしり書いていたのを覚えている。今考えると、単純なアセンブラくらい作ればよかったのにな。どうせたいした物は作らなかったと思うけどね。

当時、基本的にはZ80のマシン語はある程度覚えていたけど、やっぱり、直接コーディングはできなかった。 仕事でもZ80は使わなかったし、ほとんど忘れた。C9ってRETですよね。違う?21は「LD HL,...」だったような気が。違ってるかもです。

システムハウスに入社後の実務初体験は4ビットCPUでの電卓のプログラムはハンドアセンブルさせられた。余談だが、変なCPUだった。ま、他では4bitCPUなんて触ったことが無いから、普通なのかもしれん。

考えながらコーディングしないっていうクセ(大げさに言えば設計とコーディングを分割する感覚)がついたのは、ハンドアセンブルや、ロードモジュール作るのに大きなものでは30分くらいかかっていた時代を知っているからかもしれない。ここで「最近の子は考えながらコーディングする子が多いなぁ」と年寄り的にぼやいておく。

さらに余談ですが、MZ-700のアセンブラは、SHARPから確か「SYSTEM PROGRAM」という名前で出ていたと思う。実は名前に自信がないけど、青いパッケージだった?かなり晩年(って高校生だったと思うが...)に購入したように思うが、もしかするとmz1500用のものだったかもしれないな。QDだったような。。。

エディタ込みのアセンブラみたいな感じで、ラインエディタだった(CP=キャラクタポインタを動かして編集みたいな)。これをかなり使い込んでて自由に使ってたから後々viもスムースに習得できた(だってラインエディタより使いやすいんだもの)。でも、もうすでにこの頃は、別の方面へ興味が行っちゃってたのか、たいした物は作らなかったようだ。何にも残っていない。

うーん、ハンドアセンブルから内容がずれてしまったかも。ま、そんな時代もありましたねということで。。。

2007.06.29

【Respect MZ-700】Z80 機械語

Z80はCPUです。今でもニーモニックを覚えています。というか、自分にとってのCPUって基本的にZ80です。仕事ではほとんど関わったことがありません。

BASICでいろいろゲームとか作ってたけど、そのうち、スピードの面で機械語を使わなければならなくなるのは、当時の同世代の人たちにはよく理解できることですよね。

最初はシステムコールを呼ぶところから始めたのかな。あんまり覚えていない。でもHu-BASICからPEEKとかPOKEで画面に文字を表示するところが最初と言えるかもしれない。あ、複数キー入力を検知するために何かした覚えがあるぞ。まぁ、その辺のことですね。この頃に「推測から仮説を立て、検証して、失敗して、落ち込んでもくじけない」というサイクル(ちょっと違う?)を覚えたような気がします。今でも仕事に生きている気がします。偉大也Z80

本格的に機械語で書いた処理って、矢印キーでなんかキャラクタを左右に動かすものだったような気がする。キー押した瞬間にハングしたりって良くあったよなー。完成してても、早すぎて見えなくって、やっぱおれだめだって落ち込んだりして(後に垂直同期という事を覚えるけど、最初は知らない)。だって中学生だしね。

Z80って、最初に入った会社で「ぜっぱち」ってみんな呼んでたから、そう呼ぶようになったけど、学生時代は「ぜっとはちじゅー」と呼んでいたようなきがする。

【Respect MZ-700】連想記憶で文字のパターン認識

中学3年の頃、当時とても驚いたプログラムがある。

雑誌RAMだったと思うが BASIC で書かれたプログラムが掲載されてて、兄が入力して動かしていた。ドットマトリクスで複数の文字のパターンを入力してドンドン登録しておいて、別のドットマトリクスに一部のパターンを入力すると、既に登録されている文字の中から入力された文字に似たものを出してくるというものでした。単に登録パターンを出してくるのではなく、推測した文字みたいなものを出してきていた。「連想記憶でどうたらこうたら」というタイトルの記事だったと思うのだが。

現在ならIMEの手書きパッドみたいなのがあるけど、当時は本当に感動した。コンピューターってのはすごいなと。ちょっと恐ろしいぞと。

そんなに識字率が高いわけでもなかっただろうけど、こういうあいまいで、推測めいた検索はコンピュータにはできないと思っていたから。

プログラムのソースも当時の自分の知識の域を超えていたので、理解していなかったのですが、連想記憶とのことなので、ニューラルネットワーク的な事をしていたんでしょうね。全部ベーシックでというのが驚きです。連想記憶に関する説明文があったように思います。当時、なんで記憶できているのか意味が分からなかったけど、このプログラムをきっかけに、人工知能や、ニューラルネットワークなどへの興味が強くなって、その方面の本を買いこんで実験してたりした。形になったものは無いのが残念です。

【Respect MZ-700】親父がmz700買ってきた

mz700は発売されて間もないころだと思いますが、父がMZ-731を買ってきました。発売は1982年とのことですので、私が中学1年生か小学6年生の3学期の頃のようです。季節はまったく覚えていません。記憶とはあいまいなもので、私は今まで小学校5年生くらいからmzを触っていた気になっていましたが、それは父が持っていたポケコンなのでしょう。また、少なくともmz1500を高校1年の秋に購入しているので、私がmz731を使っていたのは、わずか3年程度ということになりすこし驚いています。

私の父は大手電機メーカーの社員で、機械系の設計者。車のエンジンなどに関する設計をしていたらしく(ホントかウソか分かりませんが)HONDAのF1チームへ部品を届けに行ったことがあるとか聞きました。自宅には製図用のコンパスや雲形定規などがあり、通常目にするようなものとはちょっと違うプロっぽさみたいなのを子供の頃から感じていました。

MZ購入以前、父はBASICでプログラミングできるシャープのポケットコンピュータを使っていました。これもおそらく仕事用に、いろんな技術計算をさせていたように思います。私の兄はおそらくこのポケコンでBASICを覚えたのだと思いますが、私はほぼ意味が分かっていませんでした。兄と同じく、私も当時英語の塾に行っていたことから、BASICで使用するほとんどの単語には違和感がありませんでしたが、代数についての知識が全く無かったため、変数というものがうまく理解できていなかったようにおもいます。また、ポケコンは1行のLCDだけでしたから、私にとってはあまり興味をもてる対象では無かったのでしょう。

父と兄が夜中にBASICの教則本などを見ながら、「あーでもないこーでもない」とポケコンをいじりながら、難しい話を、ある意味では楽しそうにしていたのですが、私には全く意味が分からないので、話に参加できず、非常に悔しかった事を覚えています。

まあ、当時は私も、悔しいのでみんな寝た後に起きだして、説明書等を読みあさりましたが、結局、意味が分からなかったようにおもいます。後々、mz購入後は私もそういう場に参加するようになるのですが、そのときは母が同じようなことを言っていました。「だんなと2人の息子がコンピュータコンピュータってカチャカチャしてもう!」みたいな感じでしたかね。(母は夜中に起きだしてmzの説明書は読まなかったようです)

そんな状況の中で、父はポケコンに限界を感じていたのかもしれませんが、mz731を突然買ってきました。当時\128,000だったと思いますので、それなりに高価ですから、勝手にいきなり買ってきたわけではないと思いますが、私は直前に知らされたか、でかい箱を父が持って帰ってきて初めて知ったか、のどちらかでした。

「これなに?」と聞いた覚えがあります。当時、コンピュータというと、漫画的なイメージ(でかい箱、赤とか黄色の光るパネルがちかちかする)しかなかったのですが、箱を開けて出てきたのは、期待に反して多少地味なものでした。当たり前ですが。

専用ディスプレイは買っていませんでしたので、RF出力から14型くらいのテレビに映していました。当初は父が仕事に使おうとしていたのだと思いますが、まず兄貴が食いつきました。兄は小学生の高学年から電子工作などをしていまして、ラジオなんかを作っていました。当時のマイコンは電子工作と近いフィールドのものだったのでしょう。兄はコンピュータに関してはそれなりに知識を持っていたんだろうと思います。

まぁ、そんな兄と取り合いしながらも、自宅には雑誌がドンドン増えていきます。自宅周辺では購入できる本屋さんなどありませんでしたので、兄が高校からの帰り道に買ってきていたのだと思います。マイコン、I/O、ベーマガ(=マイコンBASICマガジン)など、Oh!mz、他にはRAMっていう雑誌もありましたね。あまり買いませんでしたが。

雑誌を読みあさり、兄が帰ってくるまでは私が占有できるので、基本操作を覚えた後は、ベーマガのゲームや、I/Oの考えられないほど長いダンプリストを入力して遊び、そのうち改造したり、簡単なゲームを作ったり、本当に中学~高校にかけてはmzと共にあったような感じでした。

2007.06.28

【Respect MZ-700】 Wiiでmz700のゲーム?

いや、正式にね、シャープさんとかその他多くのソフトベンダーさんとかの御好意により実現!とかなればいいかなーと思って。

だってMSXとかは、できてるわけでしょ?おいちゃんはMSXより、もうちょいと古い時代の人なんでねー。

ユーザー数はそれなりに多いはずだと思うのですよmz700は(80BとかKとかからすればそれこそ多いでしょう?)。そいで、mz700以前のmzユーザーは本当にmzをこよなく愛していると思うんだなー。思い込みでしょうか?

ビジネスチャンスですよ!

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